著者
エドワード・ギボン, 中倉玄喜 Private or Broken Links
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カテゴリ
History
発行日
2020-06-04
読書開始日
2024-05-19
3選
- テオドシウス帝の死後,ローマ帝国は完全に東西に分かれ,それにともなって分かれたキリスト教世界も,それぞれに異なった発展の仕方をしています.東方の協会はみずからをオーソドックス(正)と称し,国家と密接に結びつきます.すなわち,皇帝が教会を支配します.それにたいし西方の教会はカトリック(公)と称し,教皇が各君主に命令するようになっていきます.すなわち,西ローマ帝国の滅亡後は,教皇自体がそうして世俗的支配をも獲得するようになっていくのです.
- 西は東に比べ,非常に長い辺境を守らなければなりませんでした.この防衛戦の長さの違いが,軍事や財政の点で,帝国の運営いかんに大きく影響しています.長い国境には,それだけ多数の軍隊の存在が必要であり,そうした防衛強化のためには,相応の財源確保が必要でした.そこで西の政府は,臣民に高額の税金を課したのでした.ところが,それは臣民全体から等しく配分されたものではなく,貧民層を苦しめるだけのものでした.なぜなら,富裕層は特権によりそうした税を免れていたからです.こうして,西の帝国を構成している大半の臣民が,最低限の生活さえままならない状況を強いられたのでした.そのため,ガリアでは農民が強盗をはたらく事態さえみられたほどです.(中略)西の方は東の方にくらべて,人口が少ない地域でした.言い換えれば,人的資源という点からも,もともと相対的に脆弱であったといってよいでしょう.そこで蛮人を傭兵にするという習慣が生まれました.しかし,こうした状況から税収が少なくなると,西の政府によって,彼らに対する給与の支払いが大きな負担となりました.支払いに不満をいだくようになった蛮人傭兵が危険な存在と化していったことは言うまでもありません.
- 東の帝国は比較的短い国境線に恵まれていました.蛮族の脅威は北部国境にかぎられ,そこの防衛だけに専念することができたのでした.東部国境の方は,ササン朝ペルシャとの友好関係により,長い間軍事活動が不要だったからです.(中略)難攻不落のコンスタンティノポリスの存在でした.テオドシウス二世のときに,あらたな外壁と塀によって補強された,いわゆる「テオドシウス帝の大城壁」をもつこの都を落とすことは,当時の攻城法では不可能だったのです.このことは,その後千年近くにわたって,なんども外敵の攻囲を斥けてきたことが物語っています.(中略)相対的に温暖な南部を領土としていた東の帝国は,寒冷な西の帝国にくらべて,天然資源が豊かでした.とくに農産物の供給という点では,際立っていました.それは,エジプトの存在が,このことに大きく寄与しています.この属州は帝国全体で群を抜いた穀物生産地だったからです.
メモ
エドワード・ギボン(1737-1794)の記した「ローマ帝国衰亡史」は時代を越えた名著と言われる.これは当時大変な評判となり,瞬く間に大ブームとなったばかりでなく,時代を越えてかのウィンストン・チャーチルもここから多くの修辞法を学んだと後に語ったいう.
ローマ帝国はなぜ,どのように衰退していったか.それをこの本は順を追って説明する.が,いかんせん18世紀に書かれた本であるので展開が冗長であることは否めない.そして重要なことだがギボン自身はその問いに答えているようには思えない.華麗な文体で帝国衰退の悲劇を綴ってはいるが,現代ビジネス書ではないため答えをギボンは用意せず,まるで読者に委ねているかのように筆を置く.
英国流の修辞法に富み,かつてはこういう本も楽しんで読めた私だが,今やすんなりと頭に内容が入ってこないことに若干の苛立ちと,老いを感じ少し侘びしくなるのだが,それは本書の内容とは関係がない.
ローマ帝国,ローマ臣民は始め非常に実利的な人々であった.勇敢で,合理的であった.ギリシア人との違いをこのようにギボンは述べる.
あのアテネやスパルタの隆盛をとめ,没落を早めた原因は,異邦人と交わらず,祖先の純血をたもとうとした狭量な政策にあった.この点,大志あるローマは違っていた.かれらは,野望のまえには虚栄をすてた.奴隷であれ異邦人であれ,敵であれ蛮族であれ,長所や美点があれば,これを活用することこそ,賢いだけでなく,名誉でさえあると考えていたのである.
このように寛容であったのは,宗教においてもそうだ.
古代の精神はじつに寛容であり,各宗教についても,人々は相違点よりもむしろ類似点に注目していた.ギリシア人にせよローマ人にせよ,あるは蛮人にせよ,それぞれの祭壇に向かってはいたものの,内心誰もが一様に,名称や儀式こそ違え,同じ神々を崇めているのだとおもっていたのである.そして,この古代世界の多神教崇拝に,美しい,ほとんど整然とした体系をもたらしていたのが,あのホメロスの優雅な神話にほかならない.
ここには少し 二分心仮説二分心仮説
神々の沈黙 - ジュリアンジェインズ にて,この仮説は提唱される
「遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた[…]どちらの部分も意識されなかった」
私の心が、私に訴えてくる。「私」の中で、喋りかけてくる人と聞いている人が、別々なのである。
二分心とは何か? - ジュリアン・ジェインズ著『神々の沈黙―意識の誕生と... で補強しなければならないかもしれない.二分心仮説二分心仮説
神々の沈黙 - ジュリアンジェインズ にて,この仮説は提唱される
「遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた[…]どちらの部分も意識されなかった」
私の心が、私に訴えてくる。「私」の中で、喋りかけてくる人と聞いている人が、別々なのである。
二分心とは何か? - ジュリアン・ジェインズ著『神々の沈黙―意識の誕生と...によれば自分の内部から聞こえる幻聴を神の声としていたわけであるから,他人の「神」と自分の「神」が衝突することもあっただろう.しかし,そこで古代人は「類似点」に着目していたという.彼らは同じ神々を信奉していたという大前提(思い込み) が,そうした「相違点」よりも「類似点」に目を向けることになったのだろう.つまり,他人の神の言葉と自分の神の言葉をジグソーパズルのように繋ぎ合わせて,神の意思を推測する.共通する言葉があればそれは強く確からしい神の言葉として人々に受け入れられる.「神々」と人間はそういう距離感だったのだろう.
そうした実利的で寛容なローマ帝国が衰退を始めたのはまずは皇帝に恵まれなかったことがあげられる.栄華を極めたローマ帝国のその頂点という権威の魔力に引き込まれない者はいなかった. カリグラやネロのような暴君は有名であるが,まだ彼らは初期には芸術を愛し,教養に深かった.カラカラ帝は温泉で有名であるが,これもまた非情な暴君であることが知られている.コンモドゥス帝はただただ卑俗な皇帝であった.300人の後宮と情欲に溺れ,他に趣味といえば狩りといったもので,教養と呼べるものは微塵もなかった.
こうした無能な皇帝が続いたあと,蛮族の侵入などに伴い,コンスタンティヌス帝は東に都を作ることを決定した.コンスタンティノープル(現:トルコのイスタンブール)である. コンスタンティノープルは鉄壁の守りを誇る都市であり,西に比べて非常に豊かな属州を持ったために栄えた.
一方,西ではゲルマン民族の大移動があった.その背後にフン族という別の遊牧騎馬民族による侵攻があり,これによって追いやられるように一説には100万人とも言われるゲルマン民族がドナウ川を渡河し,ローマ帝国に入ることとなった.
西方は相対的に田舎であり,人も少ない割に長い国境を保有するため,それが軍事費,すなわち財政を圧迫した.蛮族の部族間対立を利用して,対立する部族を傭兵にして辺境を守らせた.しかし,その傭兵にも充分な報酬が渡せなくなり,傭兵もまた帝国に反逆した.
帝国に忠誠を誓うものがいなくなれば,帝国は容易に崩壊する.こうして度重なる蛮族の侵入により,西ローマ帝国は滅亡した.
東ローマ帝国は,エジプトなどに代表される豊かな属州からの富と,優秀な皇帝が続いたためにその後1000年もの長きにわたり,覇権を握る.
これを崩したのは全く異質の存在,イスラム教国家であるオスマントルコ帝国である.
イスラム教の創設者マホメットは高貴な生まれで純粋なアラビア語を話したが,文字は知らなかった.これは二分心仮説二分心仮説
神々の沈黙 - ジュリアンジェインズ にて,この仮説は提唱される
「遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた[…]どちらの部分も意識されなかった」
私の心が、私に訴えてくる。「私」の中で、喋りかけてくる人と聞いている人が、別々なのである。
二分心とは何か? - ジュリアン・ジェインズ著『神々の沈黙―意識の誕生と...とも符合する.なぜなら古代人は文字を持つことで次第に幻聴が聞こえなくなり,神の言葉を聞くことができなくなったからだ.神の言葉を聞いたとされる宗教指導者が文字を知らないことはさもありなん,である.
マホメットについて,
おもうに,会話は理解を深める.しかし,孤独は天才を創る.また,作品の統一性は,それが独りの作り手によるものであることを物語る.
と称賛しながらも,同時にエドワード・ギボンはキリスト教的立場からか,イスラム教を皮肉っぽく書き綴る.
コーランは神意を完全に著した不変的なものではなく,むしろモハメッドの判断によって創られたものであった.それゆえにこそ,すべての啓示がかれの企図や心情にきわめてよく合致しており,また前後矛盾している点についても,「後者の行が優先する」とする重宝な原則によって問題の解決をみているのである
モハメッドの教説は,その神聖さゆえに威厳こそあれ,最深遠とされている部分でさえ,はるか昔,同じ国おいて同じ言葉で簡潔につづられたヨブ記には到底及ばない.それでもなお,コーランの内容が人間の理解力を超えているのだとすれば,ではホメロスのイーリアスやデモステネスの演説など,いったい,どのような優れた知性に帰されるべきだろうか.
なるほどなぁ… まあこの辺は書かれた時代によるところが大きいかもしれん
イスラム教国が次第に力をつけていくことを止めることはできなかった.やがてメフメト2世の時代にオスマントルコ帝国はコンスタンティノポリスを陥落させる.
栄枯盛衰.大きな国家はやがてその自重に耐えきれなくなって自壊する.現代ではアメリカが非常にこの姿と重なる.
アメリカという国は紛うことなき軍事大国であるが,南北戦争以降から続く北部と南部の経済格差が今も水面下で続いており,その不平不満を全て国外に向けることで逸らしてきた国だ.こうしたやり方を取る国は少なくない.中国や韓国もそうだ.
西ローマ帝国末期の混乱は軍事費増大による重税と富裕層の免税が引き起こした.これもアメリカと重なる.ウクライナ戦争を引き起こし,ウクライナ・イスラエルを支援することで軍事費が嵩んでいるし,アメリカの富裕層は世界最大のタックスヘイブン!アメリカ・デラウェア州世界最大のタックスヘイブン!アメリカ・デラウェア州
世界最大のタックスヘイブン!アメリカ・デラウェア州の秘密に迫る | SPJ
「本国で敵対勢力による反乱や侵攻などの緊急事態が発生した場合、あなたの会社の所在地を一時的または恒久的にデラウェア州に移転させることで、当州の法律によってあなたの会社を保護することができます」
世界最大のタックスヘイヴンはアメリカ?発展途上国の独裁者やオリガルヒが不正な資金をアメリカに持ち込んでい... で節税している.
アメリカの崩壊は今のところまだ起きていないが,いつか必然的に起きるだろう.それは大きな国家の宿命なのだ.