著者
山極寿一, 鈴木俊貴 Private or Broken Links
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カテゴリ
発行日
2023-08
読書開始日
2024-04-20
3選
- (2000の手話を覚えたゴリラ)マイケルが,捕らえられたときの様子を飼育員に手話で語り始めた「ボクは群れで暮らしていたんだけど,お母さんは密猟者に首を切られて殺されて,ボクは手足を縛られて,棒にぶら下げられて連れてこられたんだ」
- ヒトの言葉と他の動物の言葉を隔てる決定的な違いは,やはり目の前にないものについてどれだけ饒舌に語れるか田舎だと思うんです.(中略)忘れてはいけないのは,「言葉を扱う能力」と「言葉を話せること」は別だということです.つい一緒にしてしまいがちだけれど,前者は認知能力の問題,後者は喉や口の作りの問題です.言葉を操る認知能力があっても,喉頭が下がっていたり,歯列がアーチ状になっていたりしないとうまく発音できませんから.
- (自己犠牲的な行動が淘汰されずに進化してきた理由について)ある個体にとって不利な自己犠牲的な行為でも,群れ全体にとって有利ならば進化する(血縁選択説)(中略)特に人間の場合,言語によるコミュニケーションが進化していますから,ある個体が自己犠牲的な行為で死んでも,その親族の評判が上がって血縁の子孫をたくさん残すことにつながりやすいのかもしれない.「この人の親戚は,集団のために自分を犠牲にして死んだんだ」という情報を言葉で共有できますからね.遺伝子は残せなくても,言葉によって受け継がれ,評判を残せてしまうということですね.(ただ,皮肉だけれど,そういう利他的な行為が暴力や戦争につながっている面もあります)
メモ
ゆる言語学ラジオでも,鈴木先生のシジュウカラの文法の話を聞いていたので,そこから興味.人間の言葉との対比のみならず,世界的霊長類研究者である山極先生のゴリラやチンパンジーの生態との対比が本書では行われる. カラスのような見通しの良いところで暮らす鳥は4,5種ぐらいしか鳴き声がなく,基本的には視線によるコミュニケーションをするのに対して,シジュウカラのような見通しの悪い森の中で暮らす鳥は様々な「単語」を持ち,そして単語と単語を繋げて用いており,この順序を人為的に変えるとシジュウカラは反応しなくなるという.このため文法を持つと言われるようになった.他にも,シジュウカラは仲間の鳥にエサをめぐる競争で負けそうになると「タカが来たぞ!」と嘘の鳴き声を出して,他の仲間を欺いたりする. ゴリラやチンパンジーに関しても高度な知能を持つとされ,人間よりも優れた短期記憶を持ったり,数の概念を持ったりしていることが分かっている.捕らえられた時の様子を手話で語り始めたのはもう充分な認知能力を認めて良いだろう. 犬も近年の研究で知性の研究が急速に進み,霊長類よりも認知のレベルが人間に近いと言われているらしい.例えば,人が指を指した方向を向くことができる,というのは限られた動物しかできないらしい.これには白目があることが関係しているかもしれない.白目があると視線の方向がよくわかるから意図を他の個体に伝えやすい.犬には白目があるが,他の霊長類は白目がない.
こうした様々な動物たちの知性を紹介していくなかで,動物たちと人間の言葉の違いは何か,に次第にフォーカスされていく.
人間に限らず,動物たちも仲間や幼い個体を助けるために自分が危険な行動を取ることがある. 自己犠牲的な行動だ.チャールズ・ダーウィンもかつてこの自己犠牲的な行動がどうして淘汰されずに進化してきたかに頭を悩ませたという. 有力なのは血縁選択説で,これはある個体にとって不利な自己犠牲的な行為でも群れ全体にとって有利ならば進化する,というものだ. かつての人間もこれをたくさんしただろう.そして,人間の場合は言葉があった.「アイツはうちの子を助けるために死んだんだ」そうするとこの血縁の人たちは集団に利することができると考えられ,それが言葉によって評判が受け継がれていく.
一方で,動物はそれができない.いくら認知能力があるという動物たちといえど,こうした眼の前にないことについて語ることはできない. 動物は,仲間にエサがあるかどうか,天敵がいるかどうか,時には異性の気を惹こうとするために鳴き声を変え,様々なコミュニケーションの方法を取る. しかし自己犠牲的な行為を語り継ぐということはしない.
ここで一つの仮説を思いつく.動物たちの言語には時制がないのではないか.動物たちのコミュニケーションは現在形しかないのだろう.
動物たちも記憶を持つことはある.例えば,動物たちに見えないようにエサの数を増減させ,また再び見せると動物たちは驚いて凝視するという.しかしそれを他の個体に伝えたり,自他の記憶を確認・比較したりすることはないのだろう.
過去の記憶よりも,現在のエサ・天敵・異性にしか関心がない.記憶がどうであれ,現在が大事なのだ.
初期の人間は違った.自分の記憶を他の個体に伝えた.過去に群れに自己犠牲的な個体がいたらその行為を若い世代に伝えた.
「英雄」の始まりであり,美徳の萌芽である.
そしてジュリアン・ジェインズの二分心仮説二分心仮説
神々の沈黙 - ジュリアンジェインズ にて,この仮説は提唱される
「遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた[…]どちらの部分も意識されなかった」
私の心が、私に訴えてくる。「私」の中で、喋りかけてくる人と聞いている人が、別々なのである。
二分心とは何か? - ジュリアン・ジェインズ著『神々の沈黙―意識の誕生と...によれば,古代の人々は「部族の仲間や長老たちの訓戒する声を聞いたものが記憶され、それが脳の右半球で幻聴となって繰り返し響」き,それを「神の声」として崇めたという.
これについてはまた別の機会に.
動物たちが時制を発明し,部族内の自己犠牲の個体を語り継ぐようになれば「英雄」を発明するようになるかもしれない.この英雄が神格化されれば,動物たちも神を持つかもしれない.その時,人間は宗教というものが脳の発達過程で必要となる思考体系だと真に気づくかもしれない.
どうでもいいけど,チェンソーマンの主人公も割と「過去の記憶よりも,現在のエサ・天敵・異性にしか関心がない.記憶がどうであれ,現在が大事」だったなあ.Z世代は動物化しているのかもしれない.