人間はどこまで家畜か 現代人の精神構造 - 熊代 亨

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著者

熊代 亨 Private or Broken Links
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カテゴリ

Psychology

発行日

2024-02-21

読書開始日

2024-08-24

3選

  • 野生のキツネやオオカミでも,子どものうちは人間との接触をそこまで嫌いません.その理由は,ストレスに対して分泌されるホルモンを司っている視床下部-下垂体-副腎系(HPA)系が子どものうちは成熟していないからだと考えられています(中略)HPA系でつくられるホルモンはストレスに対する恐怖や攻撃性を司っているだけでなく,身体の機能やつくりにも関連している
  • 人間の攻撃性を「反応的攻撃性」と「能動的攻撃性」に分類し,(中略)古い祖先たちと比較して,テストステロンやコルチゾールが減少し,セロトニンが増加した私達は確かに穏やかになりました.しかしそれで減少したのは「ついカッとなって人を殺した」(中略)といった,その場の感情に根ざした,まさに反応的な殺人や争いであって,計画的ん殺人や争いはこの限りではない.
  • 人間は文化によって進歩し,豊かな暮らしを実現させたが,ゆっくり進化してきた生物学的な自己家畜化をはるかに上回る文化のスピードに引きずられようとしている - それはどこまで恩恵で,どこから疎外か

    メモ

    旧ソ連の科学者ベリャーエフがギンギツネを数世代のうちに家畜化に成功した話から始まる.実験は,最も人間に対して友好的な個体を選び,その子孫を繰り返し選択し続けた.その結果,数世代にわたる選択繁殖の後,キツネたちは性格的に犬に似た友好的な行動を示すようになった.これには,人間とのコミュニケーション能力の向上や尻尾を振るなどの行動も含まれている.

この話を読んだ時,ジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」の家畜化可能な動物の条件が列挙されていたことを思い出したので,意外性があった.ジャレド・ダイアモンドが提唱する家畜化可能な動物の条件とは

  1. 食性: 家畜化する動物は,草食や雑食であり,人間が容易に供給できる餌を食べることが重要.肉食動物は家畜化が難しいとされている.
  2. 成長速度: 動物が比較的早く成長し,繁殖年齢に達することが求められる.成長が遅い動物は,家畜としての生産効率が低いため,家畜化に不向き.
  3. 繁殖: 人間の管理下で繁殖が容易であることが必要.これは,特に捕獲状態での繁殖が可能であり,特定の繁殖行動や季節に依存しないことが重要.
  4. 温和な性格: 人間との接触に対して攻撃的ではなく,扱いやすい性格を持っていることが求められる.攻撃的な動物は,家畜として飼育するのが難しい.
  5. 恐れの少なさ: 人間に対して過度に恐怖心を抱かないことが重要.恐怖心が強い動物は,ストレスに弱く,管理が困難.
  6. 社会性: 群れで生活する動物の方が家畜化しやすい.群れでの生活に慣れている動物は,人間をリーダーとして認識しやすく,管理が容易.

などが挙げられていたため,選択的交配でギンギツネが家畜化できるというのは意外だった.また,野生のキツネやオオカミであっても,子どものうちは人間のとの接触をそこまで拒まないらしい.

これはストレスに対して分泌されるホルモンを司っている視床下部-下垂体-副腎系(HPA)系が子どものうちは成熟していないからであるらしい.

ベリャーエフのギンギツネに起こった変化は,他の家畜やペットとも共通していることから「家畜化症候群」と呼ばれている

進化生物学者のリチャード・ランガムは「家畜化症候群」の特徴を次のようにまとめた.

  1. 小型化する.のちに大型の品種が作られる動物でも,最初は野生種から小型化する
  2. 野生種よりも顔が平面的になり,前方への突出が小さくなる.犬歯をはじめ,歯が小さくなり,顎も小さくなる
  3. 野生種に比べて性差が小さくなる.オスが強さをディスプレイする度合いが小さくなり,ウシやヒツジなどはオスの角が小さくなる
  4. 哺乳類でも鳥類でも,体重に対する脳の容量が小さくなる

これは人間でも当てはまり,HPA系でつくられるホルモンはストレスに対する恐怖や攻撃性を司っているだけでなく,身体の機能やつくりにも関連している.というのが著者の論である.

テストステロンなどもHPAの一種であるし,セロトニンもそうだ.セロトニンを増やす薬を投与された妊娠中のマウスの子は,鼻づらが細く短く,頭蓋骨が球状になる.つまりセロトニンは行動を変えるだけでなく,頭蓋骨や顔面のかたちまで変えてしまう.

自己家畜化が進んでも戦争がなくならないのは「能動的攻撃性」は家畜化でも減らないからだ. 人間の攻撃性を「反応的攻撃性」と「能動的攻撃性」に分類したランガムは,前者は自己家畜化で少なくなったが,後者の計画的殺人や争いはこの限りではないとした.

これを人類の文化面から実際に紐解く鍵となるのが,歴史学の一派であるアナール学派である.アナール学派は,従来の歴史学が重視していた政治史や出来事史(例えば,王朝の変遷や戦争など)に対して,より広範な社会的,経済的,文化的な要因を考慮し,長期的な歴史の流れ(「長期持続」または「ラングドュレ」という概念)を重視する.彼らは,個々の出来事よりも,社会構造や集団的な生活様式の変化,気候や地理的条件など,長期的な視点から歴史を理解しようとした.

狩猟採集社会は殺人や暴力による死の割合が国家成立以降の社会より著しく高く,近代国家はもちろん,古代メキシコ社会や近世ヨーロッパ社会とも比較にならないほどだった スティーブン・ピンカー「暴力の人類史」

また,中世においても権力は庶民に等しくなく裁判所がありはしたものの,人々は盗賊やよそ者の襲撃,暴力に怯え,それに対抗するために暴力的でなければならず,地獄であった.飢えれば子殺しも当たり前の文化だった.

こうした様子は,現代とはおよそ異なるが,大事なことはこうした変化がたった数百年のうちに起きたということだ.人類でもたった数世代で,これぐらいの変化は起こる.

人類の進歩によって作られた,こうした平和・協調的な文化は徐々に社会制度化していき,規制やルールとなって広がっていく.これにより更に人類の家畜化が進む.自己家畜化と言っても良い.

また,同時に資本主義の浸透もそれを手助けした.それまで当初はイノベーティブな商人や資本家や経営者に限られていた投資マインドも,今はより多くの人がコスパを気にするようになり,市井の人がホモ・エコノミクスになっていった.こうした経済的活動が資本主義に多くの人が参入し,社会制度を加速させていった.

都市化も同じである.昔から都市は人口を吸い上げる焦点としても機能し,常に外側からの人口供給を必要としてきた.人口供給とはすなわち世代再生産の外部化,都市の外側の人口的搾取にほかならない.都市では子供が増えず,外部から人を補充することによってのみ都市は都市でいられる.

古代メソポタミアの都市が戦争をとおして周囲から人間をさらい,強制移住させ,人口や産業や税制を成立させていた 「反穀物の人類史」スコット

もちろん,現代ではそのような理由で戦争を始める都市はないが,都市が人口を維持するために取り込んだ新たな人たちのために制度や規制・ルールといったものが作られる.それにより新たな社会構造や,生活様式の変化が起こる.局所的には反乱や小競合いもあっただろうが,長期的目線ではこれも自己家畜化トレンドの一部であると言える.

自己家畜化が進んでも戦争がなくならないのは「能動的攻撃性」は家畜化でも減らないからだ,としている.人間の攻撃性を「反応的攻撃性」と「能動的攻撃性」に分類したランガムは,前者は自己家畜化で少なくなったが,後者の計画的殺人や争いはこの限りではないとした.殺人が巧妙化しているのは近年の傾向であるが,それは自己家畜化からも説明できるというのは面白い.巧妙化した殺人のために社会ルールは一層緻密化しており,おそらく自己家畜化は止まらないトレンドなのだろう.

家畜化が悪いことだとは著者は言っていない.しかし,著者の未来予想図は少々悲観的すぎ,パターナリズムすぎると感じた.

管理監視社会の到来を恐れる人は,AIの台頭でますます増えているように感じる.しかし,長期的には家畜化する運命であったとしても,個々人にはまだ多様であるし,そもそも発展させてきたこの文化をどこまで維持可能かすらも分からない.

この強固な制度やシステムを信頼する家畜化が,何らかの理由(天変地異,資源の枯渇,戦争,飢饉,疫病)で頓挫したならば,ここ数百年の反動が一気に来るのではなかろうか

身体を鍛えよう