世界史の構造的理解 - 長沼伸一郎

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著者

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カテゴリ

History

発行日

2022-06-20

読書開始日

2024-08-05

3選

  • 「世界統合と勢力均衡」とは,「世界を根本的にどういうシステムで運営するか」の選択の問題である.古代ではローマ世界は前者で,ギリシャ世界は後者であり,近代ではナポレオンは前者を,英国は後者をそれぞれめざしていた.中国では秦の始皇帝の統一以来,基本的には世界統合型の国家運営がなされていた.(中略)そして現代は,グローバリゼーションという新しい世界統合がなされており,人々は虚無と無力感のなかに沈んでいく傾向が強くなっている.
  • ルネッサンス期は多様化が現代以上に進行する華やかさの反面,西欧社会が欲望の中で腐っていくコラプサー状態(天体の末期状態を示す物理の状態)に陥る寸前の末期症状を呈していた期間でもあった.しかし1527年におこった「ローマ劫掠」により,そういう野放図な多様化は急速の衰えていった.(中略)西欧は過去の歴史の中で西ローマ帝国滅亡期とルネッサンス末期の2回,コラプサー化の危機に陥っていたが,いずれもイスラムが直接的,間接的な影響を及ぼすことでそこから抜け出すことができた
  • 日本人の戦略思考には「予備戦力」という概念がない(中略)(欧米では)そもそも「予備戦力」という言葉の響きも,どこか日本とは違っているように感じられる.日本では「あなたの所属は」と聞かれて「予備戦力だ」と答えた場合,そこには何か「窓際族的な戦力外の老兵」のような哀れな響きがないだろうか.ところが欧米では話は逆で,むしろ「予備戦力」という言葉は,場合によっては「切り札的な最精鋭のエリート部隊」という響きを帯びることがある.ナポレオンなどの場合も,全軍のなかで最強・最精鋭のエリート部隊である近衛騎兵は,しばしば予備戦力として手元に温存される事が多く,彼らはそう呼ばれることに誇りを持っていた.

    メモ

    世界史観に非常にユニークな視点を与える本.「文系」「理系」で人間を二分しようとするこの著者は(少し残念ではあるのだが)文献の考証はどうしても甘いと言わざるを得ないが,その欠点を補ってもあまりある視点を与える本.

知的制海権(今までにない新しい価値を世界に提供すること)を失った日本やロシアなどでは,アメリカのGAFAなどと対比して,IT・ソフトウェア産業で支配権を持つこと,および言語で支配権を持つことなどができなくなっており,これによる経済の凋落が見られている.これは全て知的制海権を軽んじたことによると筆者は言う.

これだけ聞くとよくある話なのだが,これに加えて筆者は次の2点が英米の特に軍隊に裏打ちされた思想が産業界の成功に繋がったと分析する.一つは「予備戦力」に対する考え方,もう一つは「一つのドグマ・教義を信じること」である.

予備戦力については既に引用で述べたが,日本やロシアではどうもこの予備というものの考え方が希薄ないしは蔑ろにしがちである.一点豪華主義の戦艦大和はまさにそのような日本的精神を体現している.予備戦力は艦隊であれば通常時代遅れの船だったりして,そのままでは戦力にならない.これを日本は解体して,それを元に新しいものを作ろうとする.「予備戦力」を重視すればこのような考え方にはならない.その時代遅れの船はそのままにし,新たな船を作るのである.こうすると,戦争ではどうなるか.戦争ではまず新しい船が敵国と対峙し,戦火を交える.そして,ここで例え引き分けとなっても新しい艦隊は相手艦隊を殲滅するよう奮闘する.この殲滅することが肝要で,殲滅した後虎の子の「予備戦力」を出すと,予備戦力には相手に敵がいないものだから,相手にはそれを迎え撃つ手段がなく,予備戦力は敵地の奥深くに入り込むことができ勝利を掴むというものである.日本人は俗に「英米の物量作戦」と言うが,それは少数精鋭の戦力に英雄の物語を求めているだけであり,物量で押し通す方が理性的な思考である.

「一つのドグマ・教義を信じること」については,品質管理や工業規格といったものに現れる.「部分(個人などの利益)の総和は全体(社会などの利益)に一致する」という還元論的教義である.そのバリエーションとして「人間の短期的願望(欲望)を全部集めて合計したものが,人間社会の長期的願望(理想)に一致する」という思想が米国社会の基礎になっており,このドグマの弱点を突くことが日本の活路であると著者は言う.

著者によれば日本には「理数系武士団」と呼ばれる少数だが,国難となると頭角を表す人間がいると言う. 理数系武士団は次の4タイプから構成される

  • 独創的な発想力を持つ思想家:島津斉彬,勝海舟,織田信長
  • 開明派官僚(独創的でもなく革命家でもないが組織の中で浮き上がらずにちゃんと生きていける順応性を持つ):大久保一翁,小松帯刀,石田三成,大谷吉継
  • 各地の自発的学習者:緒方洪庵の適塾,各地の無名の鉄砲鍛冶
  • 日本特有の文系出身の「伝道者」(独創的,革命家の思想を神のようにあがめ代弁者として表に出ていく.深く信仰しているためかえって迷いがなく,文系ゆえに雰囲気から共感をもたれやすい):西郷隆盛,坂本龍馬,豊臣秀吉,これらは思想家タイプのそれぞれの随伴. なお徳川家康は文系と分類され,理数系武士団には含まれない.

さて,このような理数系武士団はどのように国難を救ったかと言うとそのパターンはいつもこのようになるという

  • 思想家タイプが通常の日本社会の常識では考えられないような突出したビジョンを提示
  • 開明派官僚タイプがそのビジョンを改革派組織の中で保護し,実現
  • 自発的学習者タイプが量的な面での人材確保を鈍重な政府に代わって引き受ける
  • 伝道者タイプが受け入れられにくいそのビジョンを世の中に融和浸透させる 言われてみれば,織田信長による天下統一や勝海舟による江戸城無血開城などはそうである.

著者によれば,諸外国のエリートは理数系ができることが必須であるが,本邦では理数系は文系に一方的に使われる一種の高級職人に甘んじており,その真価を活かす結束は特殊な暗黙の分業体制の下で実現されるという.

著者によればこうした理数系武士団の協業は高く海外から評価され,それは例えば米国の海軍戦略の最高権威だったアルフレッド・マハンの「海軍戦略」において日露戦争時の日本海軍について評した次のようなメッセージがあると紹介している

われわれが日本軍のような異例の良能美質を観察する場合には,往々にして「超人的」という一個の感嘆符をもって全てを覆ってしまって,本当に重要な教訓を見過ごす恐れがある.聖書に「エジプト人といえども人間であって神ではない.彼らの馬も動物であって妖精ではない」という一節があるが,筆者は古代人もこういう感覚に囚われたことがあると思って苦笑した

「理数系武士団」というネーミングはさておき,日本の変革にパターンがあると示唆したのは面白かった.そして,こうした理数系武士団がこれまでもこれからも日本の活路を開くというのは一定の説得力があるように思われた.