著者
ジョージ・オーウェル Private or Broken Links
The page you're looking for is either not available or private!
カテゴリ
Literary Collections
発行日
2022-07-04
読書開始日
2025-04-18
3選
- それから二、三日して、ミューリエルは「七戒」を自分で読んでみて、その箇条の中で、自分たちの思い違いしていたものが、もうひとつあったのに気がついた。彼らは、第五条は、「およそ動物たるものは、酒をのまないこと」だと思っていたが、実は、言葉を二つ忘れていたのだった。ほんとの第五条は、「およそ動物たるものは、過度に酒をのまないこと」だったのだ。
- 「四本脚はよい、二本脚はもっとよい! 四本脚はよい、二本脚はもっとよい! 四本脚はよい、二本脚はもっとよい!」
- すべての動物は平等である。/しかし、ある動物は、ほかのものよりも/もっと平等である。
メモ
実際に呼んだのは高畠文夫訳なのだが,まあ良い.ジョージ・オーウェルの動物農場をやっと読めた.
ソ連の共産体制を動物達に例えて強烈に批判した本書は,解説にもあるように
メージャー爺さん→レーニン、ナポレオン→スターリン、スノーボール→トロツキー、ナポレオンが手なずけた九ひきの猛犬→国家秘密警察、また、ボクサー→トハチェフスキーやその他、羊たち→青年共産主義同盟、ジョーンズ氏→ロシア皇帝、フォックスウッドのピルキントン氏→イギリス、ピンチフィールドのフレデリック氏→ドイツ。次に事件の対応を見ると、スノーボールの逃亡→トロツキーの亡命、風車の建設→産業五か年計画、ピンチフィールドのフレデリックとの商取り引き→独・ソ不可侵条約、ピルキントンとナポレオンとのトランプ・ゲーム→テヘラン会談
という風に対応している寓話である.
本書が発表されたのは1945年の第二次大戦直後のことであり,冷戦に差し掛かろうとしている歴史の転換点で人々はこの寓話に熱狂し,ジョージ・オーウェルはこの作品で一気に有名になった.
1984年は何年か前に読んだが,世界観としては1984年は動物農場の後の世界として描かれているのだと知った.
そもそもジョージ・オーウェルという人はインド生まれのイギリス人であって,その生涯は波乱万丈であったようである.
スペイン市民戦争に、アナーキスト系のP・O・U・M市民軍の一員として従軍中、共産主義者たちの陰険な謀略や、真実をことさら歪曲し、隠蔽し、しまいには抹殺すらしようとする悪辣なデマ宣伝や、卑劣な弾圧やテロ行為などを身にしみて痛感し、共産主義者、ことにスターリン独裁体制下のソビエト連邦のやり口に対して、深い疑惑と反感を抱き、共産主義はけっして社会主義ではなく、むしろ、社会主義という仮面こそかぶっているが、その実態はまさしくファシズムにほかならない、とまで確信するようになったのだった。
彼の反ファシストの生涯の中で,彼が一貫して持っていた心情は人間による人間の支配に対する憎悪ではないだろうか.彼はこのように述べている.
「帝国主義からぬけ出すだけでは充分でないので、ありとあらゆる形式の、人間による人間の支配からもぬけ出さなければならない、という気がした。わたしは自分の身を落とし、しいたげられている人たちの中へじかに入り込んで、そのひとりとなり、その人たちの味方となって、しいたげている連中と闘いたい、と思った」
ある意味,徹底した個人主義,自分の感情への素直さ誠実さ,そしてその奥深い感情を紐解いたときに存在する,自己矛盾や不徹底というのが彼を紐解くキーワードである.
1984年でもそれは徹底していると思われる.ビッグブラザーによるニュースピークはまさにその自己矛盾を抱えながらも「二重思考」で切り抜けることが必要とされるディストピアである.
正直なところこれはもう実現しているだろう.日本の大企業では表向きには「多様性を尊重する」と掲げながら、内実では画一的な価値観への従属が求められる。
社員たちはこれを無意識に察知し、口では理想を唱えつつも、行動では空気を読むことを最優先する。
誰もがこの矛盾を認識していながら、矛盾を認識しないふりをし、同時に矛盾を支持する。
まさに「二重思考」――矛盾する二つの信念を同時に抱き、そのどちらにも疑問を抱かない能力――が、生き残るために必須となっているのである。
ジョージ・オーウェルの偉大さはその先見性にあり,これは20世紀文学史に刻まれた栄光として光り輝き続けるであろう.