著者
新渡戸稲造 Private or Broken Links
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カテゴリ
Literary Collections
発行日
2005-08-01
読書開始日
2024-04-13
3選
- 知識というものは,これを学ぶものが心に同化させ,その人の品性に現れて初めて真の知識となる,ということである.だから知的専門家は単なる機械だとみられた.要するに知性は行動として現れる道徳的好意に従属するものと考えられたのである,(中略)武士道は知識を重んじるものでhない.重んずるものは行動である.したがって知識はそれ自体が目的とはならず,あくまで智慧を得るための手段でなければならなかった.単に知識だけを持つものは,求めに応じて詩歌や格言を作り出す「便利な機械」としか見られなかったのだ.
- 武士道の教育ではあえて外されていたものが数学であった(中略)武士道が損得勘定を考えず,むしろ貧困を誇るからである(中略)武士は金銭そのものを忌み嫌う.金儲けや蓄財を賤しむ.武士にとってはそれは真に汚れた利益だったからだ.(中略)「何よりも金銭を惜しんではならない.富は知恵を妨げる」というのがある.したがって武士の子は,経済のこととはまったく無縁に育てられた.経済のことを口にすることは下品とされ,金銭の価値を知らないことはむしろ育ちの良い証拠だった.(中略)贅沢は人間を堕落させる最大の敵とみなされ,生活を簡素化することこそ武士階級の慣わしであった.それゆえに多くの藩では倹約令が施行された.
- 自己否定–この境地なくして女性の人生における謎を解決することはできなかった.女が家庭に尽くすことは男が主君に忠義を尽くすことと同じように,人生の最大の基本であった.とはいえ男性が主君の奴隷ではなかったように,女性もまた男性の奴隷ではなかった.妻たちが果たした役割は「内助」すなわち「内側からの助け」として尊ばれた.妻は夫のために自分を捨て,夫は主君のために自分を捨てる.そして主君は天の命に従う奉仕者であった.(中略)私が言いたいのは,武士道の教えには自己犠牲の精神が隅々にまで行き渡り,その精神は女性のみならず,男性にも要求されていたということである.(中略)産業社会の特徴はそれら上層と下層にあてはまった.このことは女性の地位をみるとよくわかる.というのも,女性の自由が制限されたのは武士階級だけだたからである.不思議なことに,社会階級が低くなればなるほど,たとえば職人の世界では,夫と妻の立場はより平等だった.また,もっとも身分の高い貴族の場合でも男と女の差異はあまり目立たなかった.その原因はおもに,有閑階級であった貴族たちが,文字通り女性化したので,性の差異を際立たせる機械がほとんどなかったからである.
メモ
久々に古典に手を出してみたが,やっぱりちょっと重くて胸焼けした.葉隠を読んだことがあるけど,あれと同じぐらいだった. 旧五千円の顔はもう殆ど忘れてしまったが「武士道」というのは単に武士や侍のために書かれた書物ではなく,もっと広く日本人の精神的道徳・倫理観を明文化しようとした試みのように思える.それは著者の新渡戸稲造(クラーク博士で有名な札幌農学校の二期生.クラーク博士は8ヶ月で帰国したため直接の面識はない)がキリシタンでかつ,語学に堪能でアメリカで生涯を過ごしたことから自然と「聖書のように,日本人の道徳観を記した経典を作りたい」という気持ちがあったことは想像に難くない. さて,武士道というのは中世〜近代の戦乱と混乱の中から,武力でもって秩序を回復してきた派閥「武士」達において,仏教と神道,孔子孟子に影響を受けながら,主に口伝でもって継承されてきた倫理観・道徳のことである. 武士は最初は猛々しい野武士のような輩であったとしても,やがて民衆の支配階級となってはその「力」に伴う義務と責任から,自らを律するために必要になり,作り上げた訓戒のようなものだろう. 武士道における道徳の神髄「義・勇・仁・礼・誠」を軸に,著者は西洋の宗教,哲学や神話,民俗を引用し,類比しながら武士道を解説していく.
義
義とは,義理のことであり,正義の道理,つまり,世論が定めた果たすべき義務と,世論が期待する個人的義務感を意味する.
勇
勇とは,孔子の論語「義を見てせざるは勇なきなり」=「勇とは正しきことを為すこと」である.
仁
仁とは,二重の意味で「王者の徳」光り輝く徳であり,また王者にふさわしい徳.慈悲の心である.封建制の君主に特に必要とされる.
礼
礼とは,仁を型として表すということだ.イギリスの社会学者スペンサーによれば「優美とはもっとも無駄のない動き」
誠
誠とは,そのまま嘘をついたり,ごまかしたりしないことだ.真実と誠実がなければ礼は茶番であり,芝居である.
こうしてみてみると,これらの関係性は「仁義」という2つの対極的な「知恵」や理想(伊達政宗は「義に過ぎれば固くなり,仁に過ぎれば弱くなる」と言った)に対して,それぞれに「勇」と「礼」で「行動」し,それらを「誠」によって時間的に不変であることを保証させる,というシステムなのだと分かる.
そして,この「知恵」と「行動」を合わせることを王陽明は「知行合一」と呼んだのであった.
武士道とはそれを体現するための方法論であり,武士というのはそういう人々だったのだ.
そしてそれは武士たちが何よりも尊んだ精神性であるからこそ,その破綻(「誠」に背いて君主を裏切ったなど)に対しては「武士道」に背いたので,武士の「名誉」を守るために切腹が命じられたのだった.
多くの現代人はこの命を賭ける精神性というものを嘲笑する.というよりも命がそれだけ安かったのかもしれない.
武士道の輸出は難しいだろう.政治が辿った歴史が異なる.封建制の歴史を近世まで持ったドイツや中欧ならまだしも,イギリスのような議会制民主主義やフランスのような血生臭い革命を経て共和制を確立した国家ではそもそも封建制というものが専制君主制と結び付けられて,ローマ帝国の暴君ネロのようなものを想起するのだろう.
映画「ラストサムライ」で描かれたなかで印象的だったのは「仁」の部分ではなかっただろうか.中央に歯向かうあの小村では民の世論・心と君主の意志は一致しており,そのため一糸乱れぬ組織力と統率力を見せていた.あの村では民主主義と絶対主義は間違いなくたがいに折り合っていた.だから民は世襲政治を受け入れ,それを是認していた.封建制は専制君主制ではなかった.
これが個人主義の強いアングロ・サクソン系だとそういう思想にはならない.彼らの個人主義は「個人より国家が先に存在する」とは考えないからだ.著者はソクラテスを引用してこういう「おまえはわが下に生まれ,養われ,かつ教育も受けたのに,おまえもおまえの祖先も,私の子でも従者でもないと,あえて言うのか?」 これらの言葉は日本人が聞いても,何ら異常は感じられない.武士道が昔から口にしてきたからである.
現代で武士道を実践することは極めて難しい.命の価値が違いすぎる.
君主と臣下が意見の分かれるとき,家来の取るべき忠義はケント公(「リア王」の登場人物)がリア王を諌めたように,あらゆる可能な手段を尽くして,主君の過ちを正すことである.もし,そのことがうまくいかないときは,武士は自分の血でもって己の言葉の誠実を示し,主君の叡智と良心に最後の訴えをするのが,極めて普通のやり方だった.
無能な上司に歯向かうたびに死んでいては,何個命があっても足りない.というかむしろ「うるさいヤツがいなくなって良かった.これで思い通りにできる」と考える上司のほうが多いだろう.
自分に克つことよりも他人に勝つことの方が分かりやすく,見えやすい.これが戦乱の世であれば命の殺生というその不可逆的結果に対する自責の念が,自分の内省へと自然に向かわせる.
平家物語における熊谷直実はじめ多くの武士が戦いのあと出家したのはそのためだ.
しかし,金銭のやり取りは軽薄である.可逆だからだ.それが良いことでもあり,同時に無責任でいられるということだ.
一方で,武士道があった牧歌的な時代よりも明らかに多くのそして複雑な力学の上で現代生活が成り立っている.
現代人は多くのペルソナを使い分ける.多様性が叫ばれる職場では〜〜ハラに抵触しないよう配慮しているし,家庭では家父長制はどこか遠くになくなり,家庭ごとに様々な生活様式がエゴとお互いの「常識」が衝突しあう.現代人は思想や慣習から自由になった代償に,多大なコミュニケーションコストと衝突回避のためのシグナルを送り合っている.
「武士道」の時代は共通の道徳があり,価値観があり,役割があるため,些細な衝突はあれど規範から大きく逸脱することはなかっただろうし,逸脱した時はそれは大罪となり,切腹となった.
現代人の現代生活はむしろ「生きることが死ぬことよりも辛い」状況を生み出しているとは言えないだろうか.むしろ,こういう状況では武士道の魂ならば「まことの勇気とはあえて生きることである」と言えそうである.
苦難の現代においては,毎日を生きることは勇気あることであり,自死などというものはむしろ卑怯な行為に成り下がっていると思う.現代ではこれもまた個人の勝手だと考えられるので,本当に生きづらい.
日本の精神はやはり口伝で伝えるべきなのかもしれない.